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2008.2.17 東京マラソン  完走記・写真を大募集中

2007雨の東京マラソンで沿道の途切れることのない声援に感動

抽選に外れ走れなくても今年は声の続く限りランナーを応援したい!
同じ気持ちが38.5km地点に私設エイドとして集結しました

東京マラソン2008 管理人撮影の写真
・スライドショー形式はこちら ・サムネイル形式はこちら

2009年9月25〜26 スパルタスロン246kmに挑戦!

自己応援用に作った動画ですが、東京マラソン2010に挑戦されるランナーのみなさんも、
この動画で東京マラソンを、走ることを、感じ・頑張ってもらえると嬉しいです♪

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スパルタスロン完走しました!! 
35時間22分58秒・日本人完走者32人(出走69人)大会全体完走率41.5%
本当にたくさんの応援ありがとうございました


東京マラソン2010に参加される有名人は誰がいますか? - Yahoo!知恵袋
... 大竹真(フリーアナウンサー) 阿部祐二(テレビレポーター) (日本テレビ東京マラソンサイトより) 五十嵐竜馬(読売テレビアナウンサー) 虎谷温子(読売テレビアナウンサー) (スポニチ体育会系女子アナ 東京マラソン参戦より...
東京マラソン | 2010 トレーニング - All About
注目選手紹介、観戦ガイド、給水のテクニック等。 ... 世界屈指の規模で行われる「東京マラソン」。 2010年2月28日の東京マラソンに向けて、トレーニング方法、コースの概要などお伝えします。 行かなきゃ損!東京マラソンEXPO ...
東京マラソン2010 - 東京メトロ -
コース紹介、壁紙等。 ... 東京マラソン2010 - 東京メトロ ...

東京マラソン2007に参加しました

完走証が届きました

本日、2007年3月16日に封書が届きました。
あれだけの参加数に対して一ヶ月後に届くのは速いと思います。
封筒をじっくり見て、恥ずかしいのですが今頃気付いたことを告白します・・
笑わないで下さいね。
それは公式サイトのドメイン名
私はただの東京都庁ないの内線番号かなにかと(爆)
これなんですが
http://www.tokyo42195.org/
42195は内線番号じゃないですね(汗)
おそらく、今頃気付いたのは私ぐらいかも
私のドメインのほうが・・・(自己満足)
前置きが長くなりましたが。写真で紹介しますね。
この写真をみて、42.195kmドメインとわかりました・・
(ハイ、大会終了後やっと)
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協賛企業の広告の多いこと、多いこと(笑)
やっと発見した記録集はなんと新聞!!
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自分の名前を探すのも一苦労です
(例えば4時間52分12秒は男性だけで6人います)
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タイムは遅いが
「兼第11回世界陸上競技選手権大会日本男子代表選手選考競技会」の下に
名前が記載されます。。
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東京マラソン2007に参加しました

東京マラソン当日〜国内マラソン大会の新しい歴史が始まる日〜その1

いよいよその日が来ました(2007年2月18日)
朝は5時に起床、窓の外まだ暗い街の天気は??
ケーブルテレビで局所予報をみると午前は雨・雨・雨、そして寒いらしい
降水確率は90%
予想はしていたが、やっぱり残念だ。
まあ、天気ばかりは参加ランナー誰もが同じで仕方が無い
諦めて新たな気合を自分に入れながら雨用のウェアに着替える
先にチェックアウトを済ませて、7時からの朝食会場へ
フロアにはランナー姿の宿泊客もちらほら
ここからスタート地点の新宿までは約30分
8時に到着するためには、あまりゆっくりもしていられない
さあ、いざ出発
田町駅付近には多くの大会ボランティアが既に集合しており
心のなかで「ご苦労さま」、また大会の実感に胸が高鳴る
今日の東京マラソンはファンランに徹するつもり
いつもなら走る前は、「ベスト更新!」や「後半に落ち込まずに走りぬく!」や
「ラストスパートで感動的なゴール!」などさまざまな思いを抱いてスタートラインに立つのだが
今回はちょっと勝手が違う
体調が万全でないのだ
(特に右足の膝とふくらはぎの違和感が消えていない)
2006年11月23日に福知山マラソン(京都府)でマラソン通算4回の自己ベスト
3時間38分台を残せたが、その後12月23日の加古川マラソン(兵庫県)と2007年1月28日の
ハーフマラソンで生じた右ひざの違和感が、2月ランニング練習なしで休養したものの解消されずに
5回目のフルマラソンを迎えてしまいました。
今日は日本のマラソンの新しい歴史の目撃者いや参加者になる!!
日本のマラソン史上類のない、最初の開催回にして3万人のランナーが
走るなど、全てが前例の無い規模の大会である。
この素晴らしいイベントが、世界の有名都市マラソンの1つとして定着するかどうか?
歴史的記念日に立ち会える私は「見届け記録する」といういままでにない目標を持って
東京マラソンを走ることを心に誓う。
1、3万人ものランナーが怪我や事故なく無事に大会終了できるのか?
2、3万人規模のイベントが特にスタート時に分刻みの進行ができるのか?
3、交通規制など多くの犠牲(負担)を掛けている東京都民の反応は?
全てが上手くいかないと、東京マラソンは回を重ねることができないのである。
2003年の11月、私は練習不足とストレス過多からエントリーしていた福知山マラソンの
出場の取り止めをした。
翌日の新聞には「福知山マラソンで死者2人」と大きく報道されたのを見て驚いた。
死者が出たことは直接福知山マラソン主催者の責任とはならないだろう、ランナーは
身体にある程度のリスクがあることは承知している(フルの負担はかなり大きいのも事実)
やはり同じランナーとして、大会の無事を祈るのは当然の気持ちである。
万一のときになにかできればと、参加前に心肺蘇生装置AEDの使用法を含め、
受講した明石市消防庁発行の市民救命士講習終了証を持参している。
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参加者全員が元気にゴールするのだ。
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(翌日の新聞で大会中にAEDが使用され一命を取り留めたランナーがいたことを知りました)
 東京消防庁によると、東京マラソンで、
けがや不調を訴えて救急搬送されたランナーは計十六人。
うち二人はいずれもゴール前の路上で倒れ心肺停止状態となったが、
直後に人工呼吸や、心臓に電気ショックを与えて救命を図る
自動体外式除細動器(AED)の処置を受けて、一命を取り留めた。
 江東区豊洲三では十八日午後零時五十分ごろ、
ランナーの男性(59)が突然、路上にうつぶせに倒れた。
周囲のランナーや観衆が約二十メートル離れた東京消防庁の救護所に通報。
詰めていた職員らが駆けつけ、救護所に運び込んだ。
男性は心肺停止状態だったが医師らの処置で呼吸が回復。
意識不明だが、命に別条はないという。
さらに同日午後三時ごろ、ゴール間近の同区有明三の路上で、
ランナーの男性(58)が倒れた。意識不明で心肺停止状態だったが、
ボランティアの国士舘大の学生が管理していたAEDを、
周辺のランナーやボランティアが使って処置。病院に搬送されたときには、
男性は呼吸や意識が戻ったという。
大会本部によると、AEDは、救急救命講習を受けた国士舘大の学生が管理。
一キロごとに設置したり、自転車の学生が背負って巡回していた。
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AED(自動体外式除細動器)とは電気ショックが必要な心臓の状態を判断できる
心臓電気ショックの器械です。
突然死の死因のほとんどは心臓疾患です。それを心臓突然死といい、
その大部分は心室細動という病気です。
心室細動になると心臓がけいれんし、ポンプとしての役割が果たせず、
助かるチャンスは1分経過するごとに約10%づつ失われ、
10分後にはほとんどの人が死に到ります。
この心室細動を正常な状態に戻す唯一の方法は除細動(心臓への電気ショック)です。
そこで、早期の除細動ができるAEDの使用が必要となり、
素早い除細動は社会復帰の鍵にもなります。
AEDを自宅、学校、職場、たくさんの人が集まる公共の施設など様々な場所に置き、
AEDを使うことで、突然死を防ぐことができるのです。
AEDは除細動が必要かを判断し、救命の手順を音声にて指示します。
AEDは除細動を含めた救命行為が簡単に出来るように作られています。

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東京マラソン2007に参加しました

東京マラソン当日〜国内マラソン大会の新しい歴史が始まる日〜その2

田町駅から山手線に乗る
新宿駅に近づくにつれ、車内にランナーの姿が増える
単にジャージ姿という外見だけでなく、ゴール地点までトラックで
荷物を輸送してもらうための専用ビニール袋をもっているから間違いない。
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西口出口を探し、改札を出ると
駅の出口というより大会の体育館と思うほどランナーばかりとなった。
ストレッチや着替えをしている人まで・・
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スタート地点に向かう地下通路も今日だけはランナーの選手道(スタジアム道)となっている
みんな雨でも走るんだと、あらためて考えながら時計を気にしながら歩く
輸送トラックの荷物預かりの締め切りは8:30分(現在は8:10)
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午前中は90%雨の予報だが、地上はどうなんだろう。
小降りか曇りでいてくれたらと淡い期待を抱き、地上に上がるが
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そこは雨・雨・雨
条件は誰にとっても同じとわかってはいるが
出来れば雨だけは避けたかった、しかも結構な降り方である
仕方ない、今日は雨を蹴飛ばして走ろう!!
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さあ、荷物を預ける輸送トラックを探さねば
その前に覚悟をして、ウインドブレーカーを脱ぎ45リッターサイズの透明ゴミ袋を
頭と両手をくりぬいた特製の合羽を着て、荷物を例の袋に入れる
パソコンまで持ってきてしまった私のかばんを入れるとビニールはパンパン。
トラックを発見!
だがこちら歩道側からは何号車かわからない。
袋に貼り付けたステッカーにはゼッケン番号や、トラック番号が書いてある。
私の袋(荷物)は6号車に預けるのだが、いったいどこに停まっているのか?
仕方ないのでランナーでごった返す道路側に出て、
トラック番号を確認すると19と書いてある。
さて、私のトラック6は前なのか後ろなのか?
トラックを求めてさまよっている人は多く
「荷物の受付は8:30分で終了します、お急ぎください」
「まもなく終了します」
繰り返されるアナウンスに多くのランナーがあせりだす
道路側はたくさんの荷物を抱いたランナーが交差するので、
非常に流れが悪い。
かといって、人のやや少ない歩道に戻るとトラックが何号車かがわかりづらい。
迷うが一度歩道に戻り台数をカウントしながら6号車を探す。
来年からは、トラック配置図と何号車か遠くから見てもわかるように
してほしい。是非改善していただきたい事項である。
(その後の雨天にもかかわらず、整然としたスタートブロックへの誘導などが
素晴らしかっただけに特にそう感じました)
やっとのことでトラックにたどり着く(ここまでに地上に出てから15分以上)
荷台の荷物の量や載せ方を見て、パソコンを持ってきたことを少し後悔する。
私のかばんは平均以上に重い、落としても責任を問えない
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あくまで自己責任だ、それにトラックで預かる荷物は前日ドーム受付で配布
された80cm×60cmの大会規定の荷物預け袋1つに限られている。
入りきれない荷物は預かってもらうことはできないのだ。
・・これは、遠方からの参加者は注意が必要。
 着替えや宿泊備品以外の、東京土産を前日に買うと非常に厳しい
 (当日のコインロッカーの様子は?)
荷物を預けて一安心、するのもつかの間
次は自分のスタートブロックに以下なければならない。
ブロックは申し込み時の申告タイムで大きくA〜Kの11ブロックに分けられている。
先頭から最後尾まではどれくらいの距離があるのだろうか?
写真は大会パンフレットより
ボランティアがブロック名を叫んで誘導してくれているが
なんせ人が多い。
幸い大きな流れに乗れて自分のブロックにたどり着いたのであるが、
ここで迷うとかなり厄介なことになりそうだ。
誘導整列は9:10分のマラソンスタートに対して、8:45分で締め切られる。
それに遅れた場合は最後尾のブロックが通過後のスタートとなる。
(当然、スタート時間に間に合わなければ出走はできません)
冷たい雨のフルなか整然と各ブロックに進むランナーたち。
階段も進入を人数制限しているボランティア。
私のブロックはG、
直線部分の最後尾からのランナーと都庁舎の見晴らしは圧巻で鳥肌が立った。
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後ろはワシントンホテルがあり、窓からは宿泊客が見守っている。
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スタートの30分前となった。
         

東京マラソン2007に参加しました

東京マラソン当日〜国内マラソン大会の新しい歴史が始まる日〜その3

いよいよスタート地点に立ったのだ!
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日本の、いや世界に類をみない「いきなり3万人のスタート」が刻々と迫る。
東京マラソンが参考にしたといわれるニューヨークシティーマラソンの参加者は
約3万8千人、ベルリンは4万人を越える。
規模は若干劣るが、1970年に始まったニューヨークの第1回参加者は
127人(完走者55人)からゆっくりと、徐々に発展してきたのだ。
対して、今日の東京マラソンは第1回。一気に実現させた大会である、
関係者もランナーも何が起こるか?
最初は、そんな昂ぶる気持ちを抑えてくれているようだった氷雨が
徐々に体温を奪い、あちこちから「寒い〜」と聞こえてくる。
それにしても、ランナー(私もだが)は冷静に我慢強く整列している。
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私は関西(兵庫)からのエントリーだが、大阪でこのような整然とした整列は出来るのだろうか?
ふと、そんな事を考えてしまうほど、ぎゅうぎゅう詰めで体を温める動きもとれないまま
静かに並んでいる、みんな日本のマラソンの歴史を作り見守るのだ。
「いきなりの3万人大会」は大げさに言えば、東京という都市の力や
日本人の人間性を試す壮大な実験なのかもしれない。
それを、すべてのランナーが自覚しているのに違いない
そう確信した瞬間である。
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時折、DJが呼びかけるがやはり反応は静かめだ!
そんななかボランティアのおじさんが、
「雨のレースでは思いのほか靴紐が・・」と大きな声で注意を促すと
的を得たアドバイスに、みんな「おお!!」と反応して靴紐を点検している。
その後のペットボトルや傘の処分への注意もちゃんと耳を傾けている。
おそらく彼もランナーなのだろう、最初の一言でみんなの気持ちをとらえたのだ。
素晴らしいボランティアのおかげで、全く混乱もなくスタート時間が近づく。
大会会長でもある石原慎太郎東京都知事の姿がモニターに映し出される。
「東京にとって新しい祭り、新しい伝統のスタート」
開会挨拶がなされ、大きな拍手が起きた。
(スタート後にランナーは都知事の立つ仮設ステージ前を通過する)
国家が斉唱され、9:05分に車いす(マラソン・10km)のスタートがアナウンスされる。
いよいよ、いよいよスタートまであと5分
参加申し込みは定員を大きく超える全体で約9万5千人。
抽選倍率は3.2倍にのぼった。
海外からの参加も約2千人の見込みで、国内の主要大会でも数百人だったので
東京マラソンのスケールは本当にでかい。
スタート3分前
じわじわと前に進むこともなく、まだ整列は崩れない
1分前も同じで、スタートが宣言された瞬間に前方の煙幕や紙吹雪が!
地鳴りのような「ウォー」というどよめきがあがる。
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しかし本当に、見事なまでに整然としたスタートである。
これだけの群集がいても恐怖感は無かった、
スポーツを愛する人たちは全員大会の成功(安全)を祈っているのであろう。
ゆっくりと、ゆっくりと進みだす。
しばらく進んでは立ち止まり、また進む。
都知事のステージ前ではランナーの歓声がひときわ大きくなる。
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5分ちょっと経過してスタートのアーチをくぐった。
すぐにT字路を右折する、ランナーの群集は新宿の大ガードへ向かい
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ガード下を駆け抜ける。
雨を避けてガード下に集まった沿道の歓声がすごい。
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応援の声がガードにこだまする
自分がトップランナーになって応援されているような快感
すぐに東京の、いやアジアの歓楽街・歌舞伎町の前を通過する。
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新宿の街をこんな視点で見られるなんて!
反対車線を走ってもいいんだぜ?!
新宿のこの一坪いくらかわかりませんが、バカ高い(失礼)この8車線が
ランナー専用だーー!!
もうワクワクしっぱなしで叫びたくなります。
立ち止まり写真も撮りまくる、だって次回あるかどうかは誰も??
あふれるアドレナリンが、後から悩まされることになった脚の痛みを吹き飛ばす。
確か4.5km地点に今回抽選に外れ、応援に回ったランナーがいるはず。
事前に目印は聞いていたが、向こうからは3万人のランナーのうちの1人、
こちらからはランナーと沿道を埋め尽くす人・人から、果たしてうまく見つけられるだろうか?
周りばかり見渡す私。
車線が広くてよかった、狭いとまっすぐ走らないランナーほど邪魔なものはないから・・。
そして、見つけた!!
だけど、両車線が見渡せる道路中央にいた私が彼女たちの所に駆け寄るには
幾重のもランナーを横切らなければならない
躊躇するうちに、真横をすぎてしまう
今だ! 前半でまだ良かった
軽いステップで何とか、逆走は最小限でガードレールまで。
無事に記念撮影?!
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彼女たちも、横切るランナー(私)に驚き、
それが自分たちに向かってきたので戸惑っている様子
「頑張って」ではなく「大丈夫ですか?」と言われてしまいました(笑)
旅の恥はかきすての、マナー違反の行為でたくさんのランナーに
迷惑を掛けてしまったことも少し反省する。
ただ、しばし私は1人で自己満足に浸ったのであった。
あっと言う間に5kmを通過
    

東京マラソン2007に参加しました

東京マラソン当日〜国内マラソン大会の新しい歴史が始まる日〜その4

フルマラソンは5回目だが、この興奮は何だ?
舞い上がっている間に5kmを通過して、飯田橋の交差点をまがると視界が広がる
(5kmのラップは31分05秒、キロ6分で抑え気味の予定通りと撮影ロスタイム)
しばらくすると、そこは皇居
「なるほど、都心のランナーはここを走っているのか!」
年末のホノルル・マラソンそしてこの東京マラソン前はよりここを周回するランナーが
増えたとテレビで放送していたことを思いだす。
このあたりで、やっと?不安を感じていた右足(膝)の違和感に気付く。
痛みが出ないように祈ると同時に、やや右足をかばいながら走る。
迎える10kmでの5kmラップは27分49秒、
練習や実績では余裕のタイムだが、今日は抑えて行かないと脚がもたないハズ
わかっていてピッチが上がるのは、やっぱり舞い上がってペースが乱れている。
どこまで来ても沿道の応援は切れることがない
正直私は、今日の日まで東京マラソンが一般市民(都民)に支持されることは
無いだろうと思っていた。
都民がみなマラソンを支持するはずはなく、交通規制は600箇所を超え
迂回をしいられる。しかも時間は長時間。
運送会社や商店は迷惑に思う人も多いだろう。
慶応大学の三田キャンパスでは商学部の入試も行われている。
おまけにこんな天気じゃ、さぞかし静かな・・
私の浅はかな予想は完璧にハズレ!!
この雨のなか喜々として(鬼気として?)走る、この物好きな老若男女を
それこそ嬉々として熱い掛け声・旗・太鼓で応援してくれている。
参ったなこりゃ、ホント参った。
感動するじゃないか。
右奥に東京タワーが見える12km地点
続いてこれは増上寺(だったかな?)
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もう反対車線にランナーが一杯。
ちょっと前にエリートランナーが風のように
走り去ったと思ったのだが、速い人が多いと感心。
でも、品川の折り返しまであとどれくらいなんだろう?
本格的に右足が重くなってきた。
2月は全く練習できなかったから、
落ち込みは覚悟していたのだが右足をかばっていたら
ちぐはぐなテンポになり左足までなんかおかしく感じ出した。
今朝、ホテルから電車に乗った田町の景色でやっとリラックス
15km地点を通過して品川折り返しが近いが、
このあたりからもうあと何キロだ?と反芻するようになったのは
やっぱり調子が悪いということ。
(15kmでの5kmラップは30分24秒、やっと落ち着いた。
 というより、ここまでしか保てなかった)
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やっと見えたぞ品川折り返し、
決してコース中央折り返し(ハーフ距離)ではないのにホットする
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この時間帯でも車道を埋め尽くすランナー
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折り返しても、やや単調な景色に飽き反対車線のランナーを見ながら
前にすすむ、いつまでもどこまでも続きそうなランナーの列。
もう脚が重い!20km地点は2時間6分 (5kmのラップは31分4秒)
脚がヤバイ、頼む最後までもってくれと心で祈る
中間地点を通過し、数寄屋橋へ
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東京マラソンのハイライトの一つ銀座が近づく、
そして銀座4丁目の交差点に突入
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弱った脚と気持ちに少し元気がみなぎる
「ここは銀座だぜ!」
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高級外車で走るより、この脚で走るほうが難しく値打ちがあるぜと
真剣に考える自分がおかしい。
銀座〜日本橋の東京オーラに満ちた地点が過ぎると
また、脚の重さがやってきた。
25kmは2時間40分(5kmのラップが33分30秒で完全に上げられなくなった)
この時点でサブフォー(4時間以内でのゴール)を諦める、いや4時間半も危ういが
この脚じゃ仕方がないが、かなり完走に対しての不安がでてくる。
「制限時間の7時間を使うのは脚がダメになったとき」そんな思いが現実味を帯びだした場面だ。
(今までのワーストは初マラソンの4時間48分)
25kmから、脚がつらくなり頻繁にストレッチを繰り返す。
1km、1kmが長い
まだか、まだかと思いながら我慢しながら走る
(実際は前にすすむといった感じ、かろうじて走っている状態だ)
我慢の距離は、「もうすぐ浅草だよ」の声が後押ししてくれ
雷門が見えたときは、またもや感動する
中央分離帯に上り写真撮影する私
雷門前の交差点はさながら写真撮影スポット
ランナーがランナーを、ボランティアがランナーを
ランナーが景色を撮影しまくっている
「おもしろい絵だ」などと考え私もデジカメをパチリ

東京マラソン2007に参加しました

東京マラソン当日〜国内マラソン大会の新しい歴史が始まる日〜その5

東京マラソンの一番の思い出はと聞かれたランナー(応援)の多くは、
「新宿〜銀座〜雷門」と答えるであろう。
脚が過去、経験したことの無いほど重くなっていたが
遠くに雷門が見えたときは嬉しくて、脚の痛みをまた忘れて
中央分離帯に乗り撮影
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右に場所を換えまた撮影
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ここの応援はすさまじかった。・・動画編でも是非聞いて感じていただきたい
そうして、マラソン未経験の方にも来年はココを目指して参加して欲しい
(もちろん最終はゴールまで・・)
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もう、マラソンどころじゃなくなるランナーも(笑)
記念撮影、記念電話 etc.
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この写真、本当に東京マラソン中なのです・・
お祭りや、タレントがそこにいるわけではありません
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雷門が圧倒的な存在感と暖かさでそこにある
だから、ランナーは敬意・感動を抱いて走るのです
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まもなく28km地点
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いよいよ、脚が動かなくなってくる、重く重く前に出ない右足
強引に左足に重心を乗せ、片足でジャンプするように進むが
今度は左足も・・
呼吸も頭もまだまだ元気なのだが、脚がどうにも痛い
ペースが落ち歩きを挟むと体が冷える
立ち止まりガードレールに寄りかかりストレッチと屈伸をして走る
いや走ろうとするのだが、走れない
30mごとに立ち止まる、ついに両膝が細かい痙攣を起こしだす
リタイヤしようか?
何回も考えるが、全部歩いても制限時間には間に合うハズだ
とにかく歩こう
声援に応えられない自分と脚が歯がゆい
過去のマラソンでは、応援にはいつも笑顔や心の中で「サンキュー」と答えてきたのに
今日は沿道に人がいないところを探して、ストレッチばかり繰り返す
ランナーに向けられた、応援の声を私が遮るわけにはいかないから・・
29キロから33キロ付近は、応援されることがつらいと感じてしまった初めての経験
再び、銀座に戻る
(この間の30キロから35キロに52分を要する)
築地の交差点を曲がったところが35km地点
入船橋を過ぎ、佃大橋へ入る
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順調に行けば、ここの上りが我慢の場所だったのだが
今はひたすら歩く
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景色に和らぐ気持ちと痛み
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やっと、やっとで37km
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ランナー同士、通じる気持ちとねぎらい
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38kmまできました、ボランティアのみなさんにはただ感謝!!
補色のバナナ類は見当たらず、お腹がすいて仕方が無い
他のランナーも同じようで、「ギブ・ミー・チョコレート」状態だ
私設エイドが、こんなに嬉しかったマラソンも初めて
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ゆっくりお話したいがお礼を言いまた、歩く
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「あと4キロ」、「あと3キロと」何回数えたかわかりません
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長かった東京マラソンもあと2キロ
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忘れていたスマイル
そう、私の痛みも苦しみも全てはゴールのため
「ありがとう」声にならない声をだす
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有明コロシアムまで、この脚で来たんだ!!
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後半から苦しんだ東京マラソンもあと1kmしかなくなった
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自己ワーストタイムなんて関係ない、
私も叫びたい、「ここは東京だぜ!」
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終わってしまう、ゴールが見えた
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ありがとう東京 「5時間19分51秒の物語」
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来年も会おう、東京マラソンで
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ランナーとして、応援者として
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ありがとう、ボランティアのみなさん
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「ありがとうTokyo」 3万個のゴールメダル物語をありがとう!!
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3万人のランナーと1万2千人のボランティアと140万人の応援
夢のような大会が終わった
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                                  NEXT 東京マラソン2008へ
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東京マラソン2007に参加しました

行くぜ東京マラソン「待ってろよ大都会・東京」 その1

2007年2月17日(土)いよいよ明日は東京マラソン
当日の受付(ゼッケン交付)はないので、前日に東京入りする日だ
思えば、「男児たるものその国の首都を知らずして・・・」
そんな言葉があるのかどうかは知らないが、
都会に憧れて東京の大学に通ったのはもう20年も昔のこと。
ちょうど在学中に今回のスタート地点である、都庁が完成したのを機会に
山手線を使っての満員電車通学に嫌気がさし
そびえ立つビルの横をホンダの原付バイク・クレージュで風を感じながら
自由を感じたのを覚えている
学生時代は「憧れて来た東京だけど、ここで生活するのは大変だな」と、
就職先の希望に東京の会社はなかった
それから卒業して、就職して、結婚して
子供二人の親にもなった
就職は大阪の会社に決まり、その後家業を継いだので
東京へ行く機会はほとんど無い
1990年の現都庁舎が完成してから17年
ある日、ふと飛び込んできた「第1回東京マラソン開催」の情報
見るとスタート地点は都庁で品川や銀座、浅草を通りゴールはビックサイトだという。
参加者は2万5千人で受付は前日に東京ドームだって?!
東京ドームが出来たのは1988年、開業時に清掃スタッフのアルバイトに応募した
私はバイトをサボって野球やコンサートをよく見たものだ。
卒業してから今の仕事で、単身ビックサイトでの企業展示会に出展した。
都庁・ドーム・ビッグサイト・・・
もうこれは、私のマラソン大会である(笑)
同じことを考えた人は多く?応募は7万5千人を超えたそうで
やはり抽選になった
だが、しかしこれは私の大会だから私が参加できないハズはない
根拠の無い自信があったが、このメールが届いたときは本当にうれしかった。
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やっと今日の日が来たのだ、
忙しさと膝の不調で2月に入ってから全く走れていないが、
なんといっても今回は第1回東京マラソンなのだから
中学生の頃
甲斐バンドは「東京の一夜」で「東京の一夜はこの街で過ごす一年のよう」と歌い
ARBは「東京シティは風だらけ」で「たいした夢でもないけど、たいした街でもないけど、なにしろここが恋と花の都東京」と歌い
長渕剛は「とんぼ」で「死にたいくらいに憧れた花の都"大東京"」と歌った
東京への憧れは高校生になりより大きくなり、
海の見える自室の窓から東京のほうを向いて内緒で煙草を吸ったものだ
浪人中も「この1年で東京行きの切符を手に入れる」そんな気持ちで勉強した
初めて東京の街に立ったとき
何に対してかも、わからないが身構えていた自分がいた
今までの身近な都会『神戸』がいくつもある東京に飲まれないように
構えていたのだ
その東京に向けて今から出発する
学生のときのような気負いは全くない
「東京の街をこの脚で踏みしめ、そして蹴飛ばすのだ!!」

東京マラソン2007に参加しました

行くぜ東京マラソン「待ってろよ大都会・東京」 その2

2月17日(土)AM8:00
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再度、持ち物の点検ヨシ
いざ神戸空港へ
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家からちょうど1時間で到着しました
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搭乗者は最初の24時間が無料になる空港駐車場
(以後は1時間あたり150円、24時間最大1000円)
結局、翌日の21時まで駐車して1000円はお得だと思う
(搭乗者割引は2008年3月31まで)
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関西のお土産は吉本グッズ、楽しくて思わず地元で家族への
土産も購入して荷物を増やしてしまいました
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神戸から全国各地へ
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あっという間に雲の上、明日の天気予報は東京はあいにくの雨
1時間10分で羽田に到着〜モノレールで浜松町へ
山手線に乗り換え秋葉原で再度総武線に乗り換え、東京ドームのある水道橋へ
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ランナーらしき人を多く見受ける
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ゼッケンの引き換えに3万人が来場、東京マラソン EXPO 2007というイベントも同時開催中
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19年ぶりの東京ドーム、学生時代のアルバイトで
何回このスタンドの灰皿やゴミ箱を清掃したことか、懐かしい!!
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受付時は身分を証明できる免許書、保険証、パスポートなどの提示が必要です
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無事、ゼッケンを受取り盛り上がる気持ち
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日の丸に決意の書きこみがぎっしり
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外国人のみなさんが記念撮影中でした
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さまざまなイベントやゲストが、ナイキのブースでは千葉昌子さんが華麗なランニングフォームを披露
(動画コーナーで動きます)
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adidasブースでは増田明美さんと福士加代子さんのトークショー
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高橋尚子選手に感激!!
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コチラでは「闘魂注入式」なる神聖な儀式が?!
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ナイキのブース
「この世には2種類のランナーがいる。フルマラソンを走ったことのあるランナーと、
フルマラソンバージンのランナー。
ランニングは、苦痛と瞑想と快感。だから、楽しい。やめられない。遅くたっていいじゃない。
カッコ悪くたっていいじゃない。歩いたっていい。バージンのままじゃ、もったいない。
ランナーだったら42,195kmを、走るべきだと思う」
フルマラソンを、楽しもう。
個人的に?なコピー
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カウントダウン、高まる気持ち!
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ランナーの熱気が充満する会場をあとに
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一旦ホテルにチェツクイン 田町のセレスティンホテルから
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受付でもらった袋の中身をチェツク
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この袋に荷物を入れ、スタート前に新宿で預ける
専用トラックがビックサイトのゴールまで運びランナーを待つ
さあ、一休みしたら
夜の東京で全国のランナーさんと交流?!
これも東京マラソンというビッグな大会ならでは・・